感情表現

「○○君って喜怒哀楽豊かだよね。一緒にいて楽しいよ。」
先日、サークルの先輩からこのように言われた。その時は笑ってごまかしていたけど、そんなことを言われたことはなかったので内心とてもうれしかった覚えがある。。
 喜怒哀楽。感情を言葉で表す際に最も多く使用されるモノといえばまさしくこれであろう。喜び、怒り、悲しみ、楽しむ。よくよく考えてみると、この言葉に含まれる『喜』と『楽』って似たような感情だなって思う。喜んでいるときと楽しんでいるとき、自分の経験を思い返してみても両者を明確に区別するのは難しい。例えば、サッカーをしているときもそこには「サッカーが出来て嬉しい」という感情と「サッカーをしていて楽しい」という感情が入り混じっている。「怒り」や「悲しみ」ははっきりと区別できるのに、どうして先人はそこに「喜び」と「楽しみ」という似通った感情表現を加えたのか。
 色々考えているうちに分かったことは「感情を言葉で表現することの難しさ」である。よくよく考えてみると、感情という無限大で底知れぬものを有限な——新たに作りだせば無限ということもできるかもしれないが——コトバで表現するのは愚かな行為なのかもしれない。どんなに言葉を巧みに操っても、当事者の感情は当事者にしか分からないものだ。小説なんかを読んでいても感情移入には限度があることを思い知らされる。
 しかし、だからこそ、人は他人の感情を言葉のみではなく、その人の仕草や様子から察知して「あげる」ことが必要なんだろうなぁと感じた。それができたら苦労しないけど(笑)